氷川神社
天暦五年(951)赤坂一ツ木に創祀以来、江戸幕府の尊信(そんしん)あつく、紀州徳川赤坂屋敷(旧赤坂離宮)の産土神(うぶすながみ)の由縁によって享保(きょうほ)14年(1729)吉宗公八代将軍職を継ぐに至り、赤坂今井台に神徳を謝し現社殿を造営、八代より十四代家茂公まで歴代の直拝朱印状(しゅいんじょう)が納められています。
起源の由来
創立の起源は、天歴5年(村上天皇 951年)と言われています。村上天皇の天暦年中に、天台四明の法灯をかかげて一念三千の観行をこらす上人がおり、東国修行のついでこの所で一夜をあかしました。
その夜の夢にいづくともしらず老翁1人来りていわく、『我はこの土中にうづもれて久しく年をつもれるものなり、いそぎ掘出して安置せしめばこの所の守護神となるべし、その埋もれし所には奇瑞(きずい)あるべし』と言って夢はさめたそうです。
さっそく上人は兆しを探しましたところ、あるところの壇上に金色の光が見え、急いで掘って見ますと十一面観音がありました。その所に社を建てて安置し、「一木村の観音」と名づけて諸人がまいりつどい、大変ご利益が多いと言われております。
そののち、治暦(じりゃく)2年ひのえ午のとき、関八州が夏より秋にいたって、厳しい日照りに見舞われ、万民がうれいておりましたが、このお社に雨を祈りましたところ、たちまち大雨となり五穀豊かに実りました。
この雨が川となり万民を助けたことにより、神とあがめ、「氷川の明神」と名をつけたのです。神事は6月15日で、今なお神徳たかく、諸人の願望をかなえるありがたい神として祀られています。
尚現社地は元禄の頃は浅野土佐守邸跡で浅野内匠頭夫人遥泉院の実家で大石蔵之助が討入前に訪れたと言う、忠臣蔵雪の別れの「南部坂」は東方150m先にあります。 昭和27年社殿、同29年神馬額絵四点それそれ都重宝に指定されました。
御祭神
素盞鳴尊 (すさのおのみこと)
奇稲田姫命 (くしいなだひめのみこと)
大己貴命 (おおなむぢのみこと)
苗村又右衛門
赤坂氷川神社の維新に大きな貢献をした、氏子総代の苗村又右衛門をたたえる碑があり、全国神職会大会で表彰され、その指導力の凄さなどが語られています。
所在地 | 〒107-0052 港区赤坂6-10-12 |
TEL | 03-3583-1935 |
FAX | 03-3583-1935 |
公式ホームページ:http://www.akasakahikawa.or.jp/index.html
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